旧岩崎邸庭園 (東京都台東区)

三菱創設者の岩崎家が本邸とした建物の前面に広がる庭園です。
江戸時代には越後高田藩の屋敷だったことから大名庭園があり、そこに明治時代岩崎家の所有になってから、広大な芝生をもつ洋風庭園がミックスされました。
その時代を象徴する庭園です。

建物は、英国人ジョサイア・コンドルによって設計されたもので、現存するのは洋館・撞球室・和館の3棟です。木造2階建・地下室付きの洋館は、本格的なヨーロッパ式邸宅で近代日本住宅を代表する西洋木造建築です。
別棟として建つコンドル設計の撞球室(ビリヤード場)と共に、1961年に重要文化財に指定されました。
1969年に和館大広間は洋館東脇にある袖塀とともに、1999年に煉瓦塀を含めた屋敷全体と実測図がそれぞれ重要文化財に指定されています。
平成13年に、東京都の管理におかれるようになってから、一般公開もはじまりました。

 平成13年、新聞でこの庭園が一般公開された記事を見て、すぐに来ました。そんなすばらしい庭園があるなら見に行かなきゃ!と勇んで来たことを思い出します。
 しかし、上記でもその歴史を象徴する庭園と書きながら、なぜに’名庭を行く’ではなく一般の珍道記に掲載なの?そう思う方をいらっしゃるでしょう。
それはですね、個人的な好き好みということです。
 歴史の変遷で庭を捉えた場合、近代庭園の走りとしてはずせない庭園なのでしょうが、この施設に庭園だけを見に来るならば、それはおもしろさが変わって来ます。
こちらの売りは、やはり見事な建物です。その付属として庭園がある、という意識で来ていただきたく、ここは一般の珍道記掲載といたします。

これで施設内一周です。
どうも物足らない気がしますね。何せ今回はほとんど庭の写真がないので。
施設の規模が縮小されて残っているせいもあります。本来なら庭も倍くらいあったはずです。
やはりここを訪れるなら、建物メインに来ましょう。
庭園という名前が入っているので、そちらを期待してしまうと、やはり物足りなくなると思います。
ここは歴史上、取り上げたい場所には違いないのですけど。

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相嶋造園

 縮小された現在の入口。外壁のレンガと黒漆喰の仕上げの復元塀。今は入口の一角だけ復元されています。

 入口の門から坂道をしばらく登ると、ようやく受付が見えてきます。
 入場料は400円。建物メインで、内部を回れる分、いつもの庭園より割高です。

 この岩崎家の’三階菱’の家紋が、後の三菱の社章の基礎になったそうです。

 シュロの間からのぞく洋館。この洋館が、この施設のメインになります。内部の見学ができます。

 洋館には、靴を持って入ります。そのまま館内を一周して、表の庭に出ることができます。くれぐれも靴を置いて言っちゃだめですからね。

 館内の随所には、17世紀英国の見事なジャコビアン様式の装飾が施されているそうです。その様式がどういうものかを詮索せずとも、入ると感じる異空間。広くないながらも圧倒されます。

 階段からの眺め。土曜日に来たのですが、予想外に入場者が多くて、写真がうまく撮れませんでした。
 結構駅から遠いんですけどね、皆さんよくご存じで。

 調度品も一級品揃い。細かく掲載すると、ページが半分埋まってしまいます。定期的にあるボランティアの方の解説を聞くのも勉強になりますよ。
 テラスに出ました。2階ベランダの柱はイオニア式装飾になっています。

 テラス越しに見る庭園。芝庭が大きく広がっています。奥の木々の中に、石や灯篭があります。そこが和洋の融合庭園ということです。テラス右側には和館前の植栽が見えます。見事なモッコクの大木。

 一階のベランダの柱はトスカナ様式。この洋館は、色々と西洋美のいいところを取り入れているのがわかります。
 さらに一階を奥に進みます。

角を曲った途端畳廊下に!外には燈篭や手水鉢が!

 書院造りを基調とした和館が、洋館につながっています。今ではかなり縮小されてしまいましたが、かつては和館だけで550坪!の規模を誇る建物でした。
 ここから庭への出口になります。お茶と和菓子で一服できるスペースもあります。

 茶席のそばにある、超大型のナツメ型手水鉢。なかなか見れるもんじゃないです。

 和館の前には、わずかに日本風庭園が広がっております。どれも大型のものばかり。この飛び石の大きさはケタ違いです。上からモッコクの枝が大きく覆いかぶさってきます。

 和館を出て、庭を一周してみます。洋館を芝庭から見た様子。入口側とはまた違った外観に感じますね。
奥の樹木も大きいものばかり。ここは空襲に遭わなかったのでしょう。

 芝庭の奥から洋館を見たところ。洋館の右側にビリヤード場があります。
本来ならさらに洋館の左奥に建物が続いていました。20棟の建物があったそうですからね。

 昔はこの奥に、すばらしい日本庭園があったのかもしれませんが、今ではこの燈篭が存在感を出すばかり。

 建物は多くの見物客がいるのに、ここまで来ると誰もいませんね。うち捨てられたように崩れたままの灯篭や、山積みの石など、悲しい光景もあったり。
 正門の上に出てきました。この先で道が行き止まり。え〜Uターンなの!?

 再び洋館の横まで戻って来ました。隅に咲いていたプルンバーゴの青い花が目を引きます。

 洋館、和館と同じく現存する建物の撞球室(ビリヤード場)です。やはりコンドルの設計ですが、洋館とは趣がまったく違いますね。こちらはスイスの山小屋風のつくりとなっております。
中は、現在は広い空間があるだけです。
 洋館と地下道でつながっているそうですよ。わざわざそういう造りにしているのが憎いです。

こちらはひっそり咲いていたコスモス。