清澄庭園 巻末付録清澄公園(東京都江東区)
江戸時代の享保年間に、下総国、関宿城主久世大和守の屋敷となり、庭園の基礎が造られました。
その後、所有者の岩崎弥太郎が、社員の慰安や貴賓の招待場として造園を計画、明治13年に深川親睦園を開園します。
それからも改良が続き、明治を代表する地泉回遊式庭園となりました。
そして、昭和54年に東京都の名勝地に指定されています。
上記の説明でも出てきましたが、この庭園は元々我らが地元の城主の所有地だったのです。
今では東武伊勢崎線から半蔵門線直通に乗れば、乗り換え無しで最寄り駅の清澄白河に降り立つことのできる、都内でも行きやすい庭園になりました。
今回は、秋の紅葉がはじまった時期にお邪魔しています。
ついでに隣接する清澄公園も掲載しましょう。
掲載内容が大きくなりましたので、前、後編にわけてお届けします。
今、ちょうど入り口横の大正記念館の対岸にいます。
つまり庭園の半分に当たる地点。
これからさらにすばらしい石も登場します。後半をお楽しみに!
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11月とはいえ、強い日差しの一日。日中は汗ばむ陽気です。
ここは駅を出てすぐの庭園の角。この先に入り口があります。
案内看板には、「天下の名勝」と書いています。
確かに都内でも5本の指に入る庭園(個人的意見ですけど)ですから。
紅葉を始めた大木。ツワブキの花も満開です。上にも下にも黄色が溢れています。
こちらが庭園正門。中には広いスペースがあります。
都は、看板の統一をしているようです。小石川後楽園と同じく、木の案内板があります。上の写真は、庭園と公園の両方を掲載。
受付手前にある、大正記念館の入り口。
詳細は後ほど。
早速庭園内に入ってみましょう!
いきなり目に飛び込んでくるのは、なつめ型の大きな水鉢。実際に立ち蹲として利用できる機能があります。
そして脇に据えられている伊豆磯石。
どちらもインパクト十分。一気に庭園の雰囲気に引き込まれました。
入場料わずか150円!これほど楽しめるのにその値段ででよいなんてうれしいですね〜。庭園めぐりはお財布にやさしい趣味です。
この庭園のテーマの一つが、’石’です。
庭園内のいたるところに石組みが存在します。どこの石かは、石の下に札がついています。行かれた際は、それを参考になさってください。
これから時計回りに、庭を一周したいと思います。
こんな風に名前が書いてあります。
あまりにも多いので、特に石の掲載はしません。実際に見ると、石の質感の違いに大変勉強になりますよ。
黄色い葉をしているのは梅の木。花芽がたくさんついていました。
木々の隙間を抜けると、すぐ広い芝生に出ます。
このシイの木の下には、いいものが並んでいます。この庭園に来たら、必ず見ないと損をしますよ!
下左写真から、式根島石、橋杭型水鉢、佐渡赤石。特に赤石は、以前別のコーナーにも掲載しことのある代物。
今だといくらするのか見当がつかないほど貴重な石です。こんなにいいものが並んでいると、植木屋としはくらくらしてきますわ。
建物のくぼみにある坪庭。
石、低木、モミジで、立体感と広さを演出しています。組み合わせの妙ですね。
園路では小さかった石も、大正記念館につながる園路に来ると、大きな飛び石に変わりました。やはり豪華さが違います。石段のデザインも、高さも使いやすそうです。
縁側もちょうど良い腰掛になっています。
なるほど、有料ですが一般でも施設は借りられるそうです。
大正記念館は、大正天皇の葬儀に用いられた葬場殿を移築したものでしたが、戦災で消失。その後再建され、現存する記念館は平成元年4月に全面改良されたものです。
早くも松に雪つりが施されていました。もちろん飾りです。実際の雪にはあまり役にはたちません。実用性のないぶん、関東の雪つりは見栄え良く作られています。作りは親方によって違うので、こうやる、という方法はいえませんが、この雪つりは結構細かく縄を下ろしてありますね。
ようやく池泉前に出てきました。見渡すと、自分が記憶していたより広い池泉です。鴨もいっぱい泳いでいます。
以前は隅田川から水を引き入れていたので、海の満ち引きで水位も微妙に変化したそうです。
現在は雨水を利用とのこと。
ひとまずは池とお別れして、進路を池を背にように北向きにとります。
ハクチョウゲの間を、飛び石が続きます。
これだけの長さのハクチョウゲが花を咲かせる時期は見事でしょうね。
大正記念館の再建記念の高松宮植樹と書いてあります。
何の気なしに、こういうものが置かれているのですから、この庭園は目を離せません。石だけでなく、灯篭や水鉢も多くあるのです。
どれも庭園に合わせ大きいです。
園路は上り坂に、山あいの雰囲気に変わります。
最初に看板を紹介した庭園の角に繋がっていくのですが、庭園の周りを囲むようにある木は都心にいることを忘れられる大きさです。
それは、園路にもかぶっていて、庭に味のある陰影を与えています。
ここには、独特の枯山水の世界を作り出しています。園路からでは枯山水のイメージが湧きません。きっと大正記念館の、今おばさま方がお茶しているあたりから見るのがいいポイントなのかも。
開けた、高い位置から見た池泉。ちょうどお昼時でしたので、お弁当を食べている方もいました。
贅沢な場所ですね。サラリーマン時代来ていたら、自分もここでお昼の一休みをしていたかも。
園路灯がおしゃれです。どこなく明治チック。
井戸。伊勢御影石が使われているようです。
十一重塔。なかなかいいものだと思って近づきましたが、予想以上にいいもののようです。四方仏がさらにポイント。
再び池泉沿いを行く園路に出ました。
この道沿いにも、大きな木が多く生えています。大きな木の生命力をその身に受け、またお腹の子にもパワーを送ります。
ほんとに包まれているような木が多くあります。気持ちい〜ですよ。
太陽が池に反射し、木に水面の揺れている影を映しています。撮り方が悪くて分からないのが残念。
この池泉の汀は、大きな石で護岸していながら、所々植栽でアクセントをつけて自然な磯の雰囲気を演出していますね。
改めて池泉の大きさを感じます。
ここには、鴨に混じってユリカモメも数多く飛来しています。
地泉と反対側の斜面の土抱えも、丸い石を積んで柔らかさを崩さないようにしています。逆に言えば、こういう石で、石が転がらないように土抱えするのは難しい技です。
はい、照れないで。
お子さんは男の子?女の子?
あずまやのある中の島に渡っていきます。
欄干がないので、下手をすると落ちますね。意外と大胆なつくりです。
橋の下では、みんなで待機中。いつ餌を投げられてもすぐに駆けつけられます。
皆が座って見ている景色です。
ハゼや、夏ハゼの木の紅葉が盛りです。
まだ周りが色づいていないうちから、先んじて鮮やかな赤色に目が奪われます。
中の島のお隣にある鶴島。松と灯篭が見えます。手入れした後のようですが、陸地と繋がっていないこの島の手入れをするには、船で渡るのでしょうか?
汀ぎりぎりで、落ちそうになりながら写真を撮っていたので、餌をくれる人と勘違いされたのか、鳥達が寄ってきます。奥様手ぶらできたことを後悔中。
ここではすずめも大胆。
撮影をしているそばまで寄ってきます。他の鳥に感化させられているのでしょうか?
再び園路の本線に戻って、池泉を回遊していきましょう。
頭の上に、何が落ちてきたと思ったら、エンジュの実でした(文章のすぐ左の写真)。マメ科だけあって、そら豆でも出てきそうな実です。縁起のよい木として、昔から使われています。
鶴島全景です(わかりづらいですね)。
これから向かう富士山。
同じくこれから向かう涼亭(中央の建物)。
九重の塔と、石仏群。
上の写真が、富士山山頂だと思われます。
雪つりと春日灯篭。大胆な位置に、大きな灯篭が立っています。本来外灯代わりに使われていたのですから、目立たなければ意味はありせん。
富士山を左手に、左手に鶴島を見ながら、先へ進みたいと思います。
後 編 へ続く
またぁ、こんなところに加茂真黒石ですって!京都加茂川で産出する貴船石じゃないですか!
こんな高級品、無造作に芝に置くもんじゃないでしょ。